ケナガニャンタロウ。

近所の中年主婦たちに
“犬より強い猛猫”と長年恐れられ、
キング・オブ・路地裏の称号を独り占めしていた
野良猫大将はいつも風にタテガミをなびかせて
まるで獅子のような威容を示していました。

何時如何なる場合でも堂々と行動する彼は
この世に恐れるものは何も無い様子の漢一匹で
実際に数々の武勇伝と伝説をもっていましたから
今時ありえないくらいに前時代的な横丁の
ハナタレ悪ガキどもからも畏敬の念をこめて
“ボス猫ブン”と呼ばれていました。

しかしこの孤高の戦士も
よる年波に無理がたたったのか
やがてひどく胸を患ってしまい
呼吸するのがやっとの状態で
縄張りを徘徊するようになりました。

彼がどうやって私の正体を知ったのかは
定かではありません。
野良猫ゆえに飼い主も治療代も持たない彼は
それでも知恵に恵まれていました。

ボス猫ブンは寒い冬の時期、
死にかけの爺さんのような重い咳をしながら
夜な夜な私の寝室にお百度を踏んだのでした。

あまりの薄気味悪さと迷惑さに耐えかねた私は
しかたなく我が家に迎え入れ集中治療を施しました。

たとえ野良だったとしても
自分の意思で獣医師の元を訪れる動物は
治療を受ける権利があるのです。

完全に復活した彼の顔は相変わらず無愛想でしたが
鋭い眼差しの奥には知性の光が存在していました。

その立ち振る舞いと私に対する態度は
エゴと欲望に支配される現代の人間たちが
とうの昔に忘れてしまった感謝の心と
極上の愛に満ち溢れていました。
彼は野村ケナガニャンタロウになりました。

実を言いますとケナガニャンタロウは
数年ほど前に保護したニャンタロウの兄でした。

野良だったニャンタロウは妻と死に別れ
たった一匹だけ生き残った娘のコニャンタを
男手一つで育てていた優しいオス猫です。

しかしながら過酷な野良猫の世界において
このような特殊な生活形態には無理があり、
相当な艱難辛苦の道になることは
想像に容易いことでした。

世知辛い世の寒風の中、
親子そろって日々痩せ細り衰弱していく様子に
見るに見かねた私はある日の夜
ドクターストップをかけました。

そんなわけでこの父娘は
ケナガニャンタロウよりも一足先に
野村ニャンタロウと野村コニャンタに
なっていたのです。

ところがケナガニャンタロウは
久しぶりに対面したニャンタロウに対して
非常に排他的でした。

過去、この二人の間に何があったのかは
知る術もありませんが
猫同士の個人的な過去の問題に
人間の私が介入などしたくても出来ませんし
そもそもしたくありません。

このようにして我が家において
ケナガニャンタロウ、ニャンタロウ、コニャンタ
以上血族三匹の奇妙な共同生活が
始まったわけです。

今はもう無い私の最初の城、
あの“怪物館”が最も賑やかだった頃、
遠い遠い昔の思い出でございます。